ラレンティウス独白形式、これまでの雰囲気をぶち壊す短編。
それがどのような形であれ、彼の往く道が穏やかであってほしい。
亡者はそう考える。
【樽の中に想いを詰めて】
霞む視界、遠くなる意識に、ふと彼に似た姿を覚える。
どうやらいよいよ、お迎えが来たらしい。
やがて火が小さくなるように、意識は途絶えた。
──目が覚めると、俺は樽の中にいた。
わけが分からないが、この感覚だけは今でもはっきりと覚えている。出来れば思い出したくもない類ではあるのだが、俺は今、確かに樽の中にいるのだ。
しかし、違和感がある。身体にまとわりつく、じめじめとした触感、湿った地面のような匂いもする。
樽から唯一出ている頭でかろうじて辺りを見回してみると、壁には白く細い蜘蛛の糸がそこかしこに纏わりついており、見たこともない異様な空間だ。
額に、じわりと汗が滲む。亡者となったはずの身にも、不安や焦燥といった感情は残っているらしい。
ひたひたと、足元で何かが動くのを感じる。背中側からは、何か大きな存在の気配、そしてパチパチと薪が爆ぜる音もする。
壁が煌々と照らされている様子から、炎が燃えている事は想像に難くない。なるほど料理の準備は万全のようだ。
しかし樽に入れるなら、せめて頭のてっぺんまで漬けてほしい。隠し味は恐怖というスパイス、とでも言うつもりなのか。
二度に及ぶこの失態に、助けを待つ猶予は今度こそないだろう。……いいや、俺は往かなくては。
あの時、先へ進むと決めたのだ。
たとえ亡者になろうとも、俺の意思がある限り進んでいかなくては彼に合わせる顔もない。
覚悟を決め右手に火を集中すべく力を込めようとした瞬間、燃え上がる炎の音、揺らめきと共に、壁に影が映し出される。
思わず首を回して、その影の主を見やる。
俺は夢でも見ているのか。
忘れるはずもない、彼だ。
いつも通りの亡者の姿で、見間違えるはずもない。
不意に目頭が熱くなる。樽に詰められたまま泣く自分の姿を想像すると更に泣けて来るが、いや待ってくれ。
感情の整理が追いつかないまま、彼はこれまでの出来事を話してくれた。
病み村の毒沼で、倒れているところを助け出してくれた事。
全身に回っている毒を抜くため、毒に効く苔を樽に敷き詰め漬けてくれた事。
毒に詳しいという卵背負いや姫に手伝ってもらった事。
──そして、毒は完全に抜ける事はなく、一生を樽の中で過ごすしかないという事。
彼は申し訳なさそうにうなだれてしまったが、命が助かっただけありがたい。それどころか、またこうして友と話せるのであれば、樽の中も悪くはないだろう。
そう伝えると彼は元気を取り戻し、ニカッと笑うと今度はこう続けた。
「樽には仕掛けがある」と。
試しに腕を動かしてみてくれと言われ、とりあえず肘を曲げようとすると肩から先が樽の外へ。
足を伸ばそうとすると底が開き、大地へ確かに立ち上がる。
仕掛け樽、というらしい。
なにがなんだか分からない。分からないが、俺は亡者よりも愉快な存在になってしまったようだ。
彼は満足そうに親指を立て、俺に笑いかける。
俺はそれに応えるよう、力強く頷いた。
樽の中であろうと、愉快な姿だろうと関係ない。
呪術の火が、今ふたたび俺の中で燃え上がり、新たな行く末に胸が躍る。
そして、隣に友がいる。今はそれだけで充分なのだ。
『仕掛け樽』
手足と頭が出せるように作られた、木製の樽
逆に樽の中へ全身を引っ込めることも可能であり、見張りからの目を欺く必要があれば使うといいだろう
俊敏な動きは不得手であるが、強固な鎧としても充分機能する
かつて癒えぬ毒を受けた大沼のラレンティウスが、己の使命を果たすためにつかったとされており
中には毒を中和するための苔が詰め込まれている
その調合は、毒の呪術をつくり出した呪術師によるものだという
毒を扱う者は、また解毒にも精通しているのだろう
木製ゆえ、火が弱点である
しかし彼の呪術師は、それをものともせず困難に立ち向かう
その姿は、きっと後世において、大樽のラレンティウスと呼ばれることだろう
まさかの展開すぎて爆笑しました🤣🤣
返信削除でもラレンティウスはずっと樽の中にいた方が安全かもしれない…
フレーバーテキストがいい味出ていて最高でした😆
樽に始まり樽に回帰する、そうして生命は繋がっていくのだと思います(謎理論)
削除コメントありがとうございます!L('ω')┘三└('ω')」